CHOCOのNYを生き抜くアーティスト対談〜10年前の君へ,10年後のあなたへ〜Profile3:田中壱征(映画監督)

2018年05月15日
①オスカーアカデミー賞VIEWING
映画監督 田中壱征氏(オスカーアカデミー賞VIEWINGにて)

NYでプロフェッショナルに活躍する実力派トップアーティスト対談シリーズProfile 3: 田中壱征 (Issey Tanaka: 以下ISSEY監督)

CHOCO:芸能界・映像界で下積みからTVCM監督を経て、2015年に映画監督になられ、2017年には東北復興支援のドキュメンタリーで安倍内閣総理大臣を撮影、10月には長編オムニバス映画「Tokyo Loss」が釜山国際映画祭で「釜山友好作品」として賞され、11月は台北で行われたアジア国際映画祭でノミネートを果たす、という快挙続きの田中壱征監督ですが、今月25日にはマンハッタンのダウンタウンでも上映会も決定されたとのこと、誠におめでとうございます。

②釜山市議長室にて、友好作品認定
釜山市議長室にて。同作が友好作品認定された(写真左)
③アジア国際映画祭ノミネート受賞ステージ
アジア国際映画祭ノミネート受賞ステージ
④アジア国際映画祭ノミネートリスト
同映画祭ノミネートリスト

監督は以前ニューヨークにお住まいだったとのことですが、いつ頃のことですか?

ISSEY監督:誠に有難う御座います。
はじめてニューヨークを訪れたのは1996年でした。
JFKに到着し、入国管理局で私の前にいたのは歌手の安室奈美恵さんで。
安室奈美恵さんも初ニューヨークだったそうで、彼女は既に日本で著名人。
小生は、講談社での映像編集の仕事を辞め、誰にも見向きもされない日本を捨てたただの男で、同じ場所に降り立ちながらものすごい格差の空気を感じたのを覚えています(笑)。

生まれて初めての海外。そしてNYの勢いにとても衝撃を受け、どうにかして住みたいと思い、MTVの下請け会社で肉体労働の仕事でなんとかH1Bビザを取得出来、ニューヨークフィルムアカデミーやHBスタジオで勉強し、2年間過ごしました。
当時は日本人は皆無に等しく、差別もあり、移民として暮らすにはとても厳しく辛いことがたくさんありました。

CHOCO:私もニューヨークを初めて訪れたのは1998年でした。ボストンに来た時にどうしても訪問したくて。その後、西海岸にも住みましたが、あのそびえ立つ摩天楼の画は他になくて。今でこそアジア人も増え、他州にも高層ビルが建ち並びますが、90年代独特の匂い、手入れされていないストリート、むき出しの荒々しさがこの街にはありましたよね?

ISSEY監督:当時のSoHoやイーストビレッジ界隈がとても記憶に残っています。いつも、ビレッジの日本食居酒屋で軽く飲んだあと、2番街を1時間半かけて北上し、マンハッタンの深夜の夜景と泥臭さを見ながら家まで歩き帰るのが好きでした。

⑤田中壱征 ニューヨーク時代、仕事仲間と
ニューヨーク時代、仕事仲間たちと(写真左)

NYを離れる日のこと。
当時付き合っていた彼女とも別れ、JFKで完全ひとりになった時、
「もっと大きくなって、いつかNYに戻りたい!」と、心の中で何回も何回も叫びました。

そして、日本へ完全に本帰国をする前になにかを成し遂げようと、閃いたのが「世界一人貧乏旅行」でした。 1998年から1年間、バックパッカーとしてインド、UAEをはじめ32ヵ国を旅しました。最後に行き着いたタイ バンコクでは、在住をしました。

その後、ニューヨークへは一度友人の結婚式で戻る機会があったのですが、日本へ帰る日がなんと2001年9月11日。

JFKから飛行機に乗り込んだ 3時間後、あの911同時多発テロが起こったんです。成田空港に到着したら周りが大騒ぎで、しばらく呆然としました。
「NYからの最終便が到着しました」と記者の皆さんがカメラに向かって叫んでいました。

その時のパスポートは、今でも大事に持っています。

CHOCO:日本にはない危険性を見せつけられる出来事でしたね。私はその時ボストンにいたのですが、あの辺りから急激にアメリカ中の様々な規制が厳しくなり、安全になった反面、良い意味で粗野な雰囲気も薄れたのかも知れません。
田中監督はどう思われますか?

ISSEY監督:実は、小生には、2歳から両親がおらず、当然、日本には帰る家自体も、祝祭日を一緒に過ごす家族もなく、本帰国の際は仕事すらもありませんでした。自分が社会から必要とされているとも全く思えず、日本を捨てることしか考えていなかった小生がいました。

あの911事件でなにかニューヨークから、ずっと何かを求められているような気がしてならなかった感じがあります。

マンハッタンという街は、「自分自身が街と一緒に活発に動いているんだ!!」と24時間、実感する街だと思っています。

嬉しいことがあった時は、マンハッタンの夜景がすべて自分のためにあるかのように思えるし、心が辛い時は、逆にマンハッタンが物凄く怖く見えてしまう。

当時、小生は国外でなにかを成し遂げたい、と外ばかり見ていたんです。
結果は、「逃げの人生」だったのかもしれません。だけど、出した結論は、「もしかすると自分は日本でゼロから挑戦し、成功して海外に出るべきなのでは!!」と感じたんです。本帰国の時は、ゼロと言うか、もうマイナスからのスタートだったんですが。苦笑

CHOCO:本当に全身全霊でぶつかり突き進んで来られたのですね。その活力、監督ご自身の生き方が芸術だと感じます。

そういう『芸術を仕事にする』ご自身の立場について、日頃から気をつけていることはありますか?

ISSEY監督:脚本を書く自分にとって、日々24時間すべてが勉強になるので、感じたことはいつもiPhoneにメモします。

たとえば、台北でのアジア国際映画祭ノミネートステージが終わった翌日、こんなことが。

⑥アジア国際映画祭ノミネートステージ
昨年11月台北で行われたアジア国際映画祭ノミネートステージ(写真左はし)

街で見掛けた、高校生くらいのお孫さんとおばあちゃんがいて。
歩くことが不自由なおばあちゃんの手を、お孫さんは10分、20分、30分と、ずっと離さないでいたんです。小生は、強い「家族愛」に心を打たれ、思わず自然とカメラにおさめていました。
日本も昔は、こういう光景がたくさんあったのにな・・・って。

他にも、2月の寒い日の朝、神戸三宮のある公園で、浮浪者のおばあちゃんがあんぱんをひとかじりしたまま、寝てしまっていたんです。
周りは気にも留めず通り過ぎる中、小生は眼が離せなくて。

このおばあちゃんはどこから来て、どんな気持ちでここにいるんだろう。
どんな思いで、この公園でこのあんぱんをひとかじりしたんだろう。
きっと、小生が同じあんぱんを食べても、同じ味を味わうことは到底できない。

そう思うと、もうそのワンシーンには「非日常」しか感じられなかった。
太陽の日差しがおばあちゃんの顔をそっと包んでいて、小生は正直放っとけなくて、おばあちゃんの膝にそっと小銭を置きました。

様々な人がどんな人生を送っているかで、はた目には同じものごとなのに、全く違う意味がどんどん吹き込まれて行く・・・

CHOCO:監督の感受性、視点が常に「感動」の方へ向いているのが解ります。そういう形にないものをアウトプットするのって、精神状態に振り回されませんか?私は曲を作る時に、書こうと思ってから2年くらい経ってしまったものや、急に思いつき1、2日で書き上げる曲もあります。機械的にできることではないですし、 効率的に想像力を働かせるにはどうするべきなのでしょうか?

ISSEY監督:私たちクリエイターは、一般の人が「普通」と思うささいなことを、決して見逃してはいけないと思うんです。先ほどの話しのように、他の人は通り過ぎるものであったとしても、本当はその背景を深く深く想像してみると必ずたくさんの 「人生」と「心」がつまっている。

この世に、意味のないものなんてないんです。
そのことを常に気に留めています。

CHOCO:いつでもアンテナがオンモードなのですね。ではオフの時はどうお過ごしですか?リラックスしたい時などは?

ISSEY監督:一眼レフカメラが好きで、写真を撮っています。
日本写真家連盟の会員なので、写真家としても動いているんです。
映像はプロ中のプロとして。写真は隠れプロとして楽しんでいます。

ただ、オフ日は年間そうあまりなく、海外出張の時にちょっと組み込むくらいで。2月に訪れたアゼルバイジャンでは、一日オフにして、見事に写真三昧の1日となりました。旧市街で出会った少女の瞳には感無量でした。
お母さんの許可を取って、笑顔で握手をさせて頂きました。

⑦アゼルバイジャン旧市街にて少女
アゼルバイジャン旧市街の少女

映画は、職業病が出るからか、オフの時は実はあまり見ません(笑)。
が、感動的なCMや、ふと出会いがある動画などを見たりしています。 

あと、若い時から、社交ダンス(ラテンアメリカン)やSALSAもやっていまして、ラテンペアのノリと空気が大好きです。
英語が下手な小生は、このダンスには非常に助けられています。
3月にハリウッドで行われたオスカーアカデミーのアフターパーティでもバッチリ披露させて頂いたり(笑)。
周囲にいた有名な方々や富裕層が皆して、鼓動を上げておられていました。
「ダンスではく、本業の映画で小生を見てください」と心の中では思ってしまいました。笑

CHOCO:田中監督は、ダンスもされるのですか!驚きました!! なんとも多才ですね。やはり、視覚に響くものに意識が向きやすいのでしょうね。
それでは、この対談のテーマである「10年前のご自身」に対して今、思うことはありますか?

ISSEY監督:あえて思い入れが強い19年前にさせてください。
19年前のちょうど今頃、1999年4月29日は、バックパッカーからタイ・バンコク在住の生活にピリオドを打ち、本帰国をした日になります。
逃げていた人生にピリオドを打った日になります。
成田空港に着いても、当然帰れる実家すらなく、「おかえり!」と言ってくれる友達もいませんでした。

空港から直で親のお墓参りに向かう途中、「このまま成田空港に戻ってまた飛びたい!!」と、何度も、何度も、思いました。
「帰る場所がどこにもないのに、本帰国して俺は一体何をしているのか」と、自問自答の繰り返しでした。

「またゼロから頑張ろう、諦めたら負けだ!!」と当時大流行していたマライアキャリーの「HERO」を何回も何回も何回も聴きながら、
その日の宿を探すため、都心へ向かったのを覚えています。

CHOCO:マイナスからの逆転劇、気になりますね。
続きは5月25日の上映会でも伺いたいです。
それでは最後となりますが、10年後のご自身の姿、自分に向ける言葉をお願いいたします。そして、今後の製作は?

ISSEY監督:以前在住していたバンコクで、今年3月31日に、新作映画「TokyoLoss」のプレミアム上映会が開催され、お陰様で大成功に終わりました。
逃げの人生を辞める決断をしたバンコクでの今回の上映だったので、壇上で思わず、目頭が熱くなってしまいました。
そして、今回、5月25日には思い出のニューヨークに戻っての上映会となりました。JFKを離れた時のあの思いが、自分の胸を深く差し込みます。

そして、今後の製作は、3つの作品の構想案が予定されています。
どうか温かく見守って頂けたら幸いです。

⑧渋谷プレミアム上映
渋谷でのプレミアム上映(写真中央)

最後に、
小生が、今心に決めているビジョンがあります。
50歳までに欧米の国際映画祭ステージやハリウッドで必ず受賞を果たすこと。
その目標のために、小生は日々努力を重ねております。
本当に地味な精進の毎日の積み重ねしかありません。

「今」を必死に歯を食いしばって頑張って生きている世界の人々に、
「心からの笑顔」と「生きて行く勇気」を少しでも多くプレゼントできるよう、
今後も、感謝の気持ちを大事に、この映画界で精一杯精進して行きたいと思います!! 

まだまだ若輩者ですので、今後ともご指導ご鞭撻の程、何卒宜しくお願い致します!!

この度は、インタビュー誠に有難うございます。
重ね重ね、有難うございました。

またお目にかかれる日を楽しみにしております。

*田中壱征監督 新作「Tokyo Loss」上映会(英字幕つき)
日時:5月25日(金)18時半開場、19時試写会スタート
入場料:無料(70名限定)
場所:DCTV (Downtown Community Television Center)3階 “STUDIO”
住所: 87 Lafayette St, New York, NY 10013
イベントページ詳細:https://www.facebook.com/events/217160629016030 
ご質問・ご予約:info@acemusicstudio.com

⑨田中壱征(撮影中)

田中壱征 (ISSEY TANAKA)1973年生まれ
映画監督・脚本家
講談社を辞め、ニューヨークとバンコクでの在住やバックパッカーとして、
様々な海外経験を経て、1999年に本帰国。
下積みを経て、大手企業のTVCM監督へ。
2015年に長編映画「Tokyo Loss」で映画監督となり、オムニバス8作品を製作した。釜山友好作品として認定、そしてアジア国際映画祭2017ではノミネートを果たす。フジテレビやTBSなどゴールデンタイムのTV番組に出演し、
今年3月4日、LAハリウッドで開催されたオスカーアカデミー賞VIEWINGにもオフィシャル参加。
『生きていくことの素晴らしさや絆を伝え切るヒューマン映画で、世界をより温かいものに変えていくこと』に 焦点特化した映画監督である。

⑩フジテレビ番組にて ⑪TBS番組にて
フジテレビ番組(左)、TBSテレビ番組(右)にて「Tokyo Loss」の紹介

Exciteニュース
https://www.excite.co.jp/News/world_g/20180422/Global_news_asia_4989.html 

GLOBAL ASIAニュース
http://www.globalnewsasia.com/article.php?id=4989&&country=2&&p=2

映画「TokyoLoss」2018 インフォマーシャル用Exhibition

⑫CHOCO YOSHIOKA_profile
吉岡ちょこ (CHOCO YOSHIOKA)
シンガーソングライター
ACE音楽スタジオ代表
http://acemusicstudio.com/
ALIVEパフォーマンスショウ総合プロデューサー
https://www.alivenyc.net/
京都出身。90年代後半に来米しボストンのバークリー音楽大学を卒業後ニューヨークに移住。パフォーマンス活動の傍ら数々のショウをプロデュース。

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